『又飯時』はどう読む?
『又飯時』はどう読む?
2005年3月26日
ぼくの育った北海道は、難読地名の多い土地だ。それは、アイヌ語にむりやり漢字をあてはめたために生じたことだ。
釧路から厚岸方面に国道38号線がある。そして、今回ここにあげる地名は、それよりもっと海岸沿いを走る道路沿いにある集落の名である。中にはすこし有名になった「昆布森」や、あっけないほどの日本語「丸山」もあるけれど、他の地名は漢字で書かれたらまず読めない。音読されて正解の漢字に書けたとしたら、まぐれあたりというやつだ。どうしてこんな漢字を当て嵌めたのか、たんなる気まぐれとしか思えないものもある。
付け加えると、これら地名は、数軒から数十軒規模の、れっきとした現役の集落のものである。どんな部首でさがしたらいいのかも、ぼくにはわからない「■寄別」という漢字三文字からなる地名あった。情けないことにぼくの角川中漢和辞典ではとうとうみつけられなかった。ミュージシャンだし・・・。
これらの地名に出会ったのは釧路市郊外を車で走っていてこの街道に入り、「釧路町難読地名板」というこわれた看板を見つけたことによる。実はこれを書くにあたり、クイズ形式にして正解を当ててもらおうかとも思ったのだが、あまりの難しさに途中で投げ出されるのも残念なので、やめた。ともかく並べることにする。
又飯時~
宿徳内~
■(鶴の左側+契)寄別~
昆布森~
伏古~
幌内~
来止臥~
十町瀬~
浦雲泊~
跡永賀~
冬窓床~
初無敵~
入境学~
賤夫向~
丸山~
老者舞~
知方学~
去来牛~
尻羽岬
それぞれの看板には地名の意味や由来が書かれていた。それを全部写真に収めてきたので、ぼくはひとりでなるほどなあ、そんなことだったのかと、納得しているが、ここにその看板の写真を一枚ずつのせても、ページも、読んでいる方のまぶたも、重くなるだけだろう。
これらの写真はおととし仕事で北海道に行ったとき、ちょいと釧路に立ち寄ったおりのものだ。そして、この一連の地名は、もしかしたら釧路っ子でも読めないものが多いんじゃないだろうか。そして観光名所にラインアップされていない方面でもある。“終点”尻羽岬の夏は、晴れた日でも、このように海霧におおわれている。一瞬、地の果て、なんぞと大げさな気分になったのであった。
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途中でやめずにスクロールしてくれた方へ。
ごくろーさま、以下、難読地名の読みです。
又飯時・マタイトキ(海の瀬の荒いところ)
宿徳内・シュトクナイ(えぞねぎの群生している川)
■(鶴の左側+契)寄別・アチョロベツ(楡の皮を漬けておく川)
昆布森・コンブモリ(こんぶの浦)
伏古・フシコ(古い村、もとの村)
幌内・ポロナイ(深い沢の川)
来止臥・キトウシ(ぎょうじゃにんにくの球根の群生しているところ)
十町瀬・トマチセ(えぞえんごさくの群生しているところ)
浦雲泊・ポントマリ(小さい港)
跡永賀・アトエカ(かって海であったところ)
冬窓床ブイマ(海の中の立ち岩)
初無敵・ソンテキ(沼のようなしずかな浦)
入境学・ニコマナイ(川尻に流木の集まる川)
賤夫向・セキネップ(禿山で石落ちるところ)
丸山・マルヤマ(どうしてアイヌ語を採用しなかったかかえって不思議)
老者舞・オシャマップ(川尻に倉のような岩のあるところ)
知方学・チポマナイ(河口に魚がたくさん集まる川)
去来牛・サルキウシ(よしの群生しているところ)
尻羽岬・シレパ岬(地のアタマの出ている岬、
ぼくの子供のころはシリッパ岬と言ったいたはず)
(2005/3/26 及川ホームページ「日々のこと」から転載)
海辺に「釧路町難読地名板」とあった。そして実際ここから延々とそれは続いたのだ。
上の看板の近くにすでにこの難読地名出現。マタイ伝?マタ従兄弟?説明文には、漢字を当て嵌めた後、逆に意味をそちらから引っ張り込んで地名の由来としていたらしい
見おろすと霧の中に海岸に数件の人家があった。この構造物は生活物資などを運搬するケーブルのようだ。ぼくはテレビゲームの『ミスト』をとっさに連想した。
この街道のたぶん終点、尻羽岬。おとずれる人もほとんどいない。無視するかのようにかもめが群れ飛び、数頭のえぞしかが闖入者であるぼくを睨んでいた。