2012年2月5日日曜日
2012年2月5日日曜日
シルクロード 作詞曲/及川恒平
D Asus A7 Em/A7 ×2
D Asus D ÷ D Asus D ÷ Am ÷ D ÷
シ ルクロー ド 真っ白な 動物の骨 を 見つ ける だろ う
D Asus D ÷ D Asus D ÷ Am ÷ D ÷
夜明けの 砂漠 で 骨 が 道 標のよう に 赤 く 光 ってい る
G D G D G D G D△7 D ÷
星 が 幾度も 生 まれ 変り 僕 は 夢の 中で 長 い 夢を 見続 けるよ
D Asus D ÷ D Asus D ÷ Am ÷ D ÷
シ ルクロー ド 尖った 岩山の上 を 飛 ん で ゆ く
D Asus D ÷ D Asus D ÷ Am ÷ D ÷
ノアの 箱舟 が 幾つかの 魂を 載せ て 飛 ん で ゆ く
G D G D G D G D△7 D ÷
街の思い 出を 一つ づつ 落してきた 事に 僕 は その 時 気づい たよ
Am ÷ D ÷ × 8
D Asus A7 Em / A7 × 2
D Asus D ÷ D Asus D ÷ Am ÷ D ÷
シ ルクロー ド 今日 言葉 を 忘れ たら 気が 付い てしまっ た
D Asus D ÷ D Asus D ÷ Am ÷ D ÷
旅の 終りに は 裸 になっ て 僕 は 天 に 紛れ 込むだろ う
G D G D G D G D△7 D ÷
星 が 幾度も 生 まれ 変り 僕 は 夢の 中で 長 い 夢を 見続 けるよ
D Asus D ÷ D Asus D ÷ × anytime F.O.
シ ルクロー ド
シルクロード
【2012年2月記】
遠い昔、と言っていいかもしれない。
キタロウさんの音楽で、さらに有名になったNHKの「シルクロード」が始まるよりさらに前の話だ。
石坂浩二さんのナレーションもまた懐かしい。
だから、その影響で書いたのではないことは、弁解しておきたい。
もしかしたらまだ、絹の道という言い方の方がふつうだったかもしれない。
直接の影響が何だったのかは、今となっては思い出せないが、
並河萬裏の写真集は目にしていたし、井上靖の「敦煌」もいちおう読んでいたし、
なんのヒントもなかったわけではない。ただ、しっかりした動機がなかったのも事実である。
のちに、シルクロードの写真集が、番組取材班という名義で何冊も出版された。
実は、作詞家時代、ぼくは書くことに行き詰まるとよく写真集を眺めた。
並河萬里の「シルクロード」を含む古代文明の遺跡を写したものは、とてもお世話になった。
もちろん、この番組取材班の「シルクロード」の力も借りようとした。
だが、あまりやくにたたなかった記憶がある。
写真の鮮明度はたぶん、写真取材班のもののほうがよかっただろう。
しかし、写っていたものは、ひややかな物体だった。
写真班を構成する一人一人のせいでもないのだろう。目的がちがうというのが正解かもしれない。
感動など二の次、まず記録という姿勢にくるいはなかったとも言える。
★
【2002年記】
この曲をセルフカブァCDの『引き潮』にとりあげようかどうか迷った。
自分としては思いいれのある歌ではあったが、
題材もフォークソングとしては特殊といってもいいようなものだし、
リスナーには疾うにわすれられた存在だろうと思っていたからだ。
しかし去年セルフカブァCDの録音をする旨をHPなどに書いたりしゃべったりしたところ、
この歌のリクエストがけっこうあったというわけだ。実は意外な気分だった。
題材もその理由だけれど、『わすれたお話』はプロの編曲者に依頼したものがほとんどの中で、
この歌は自分で編曲した数少ないものだったことにもよる。
スコアを書くことすらままならないぼくが、そこからパート譜を起こして、
スタジオのミュージシャンに手渡した段階で写譜のミスがないわけがなかった。
案の定、この録音は悲惨というか、おわらいというか。
たとえば、まだ演奏しているはずのあるパートの奏者が途中で突然立ち上がって、
暇そうにうろうろしだしたこれはぼくが繰り返しの記号を書き忘れたためだった。
もうひとつ、たとえば違うあるパートがあるところで突然、音をはずす。なんどやってもだ。
シャープだかフラットの記号を書き忘れたからだが、
演奏者は笑いながら、しかも指摘はしてくれなかった・・・
そして、「完成」した音がアルバムに入った。
冷や汗を十年分かいた労作だけれど、あとで聞くといかにもアマチュアっぽい。
今となっては、かえって新鮮だと開き直ることもできるけれど、
LPの片隅にでも残ってほっとしたのだった。
そんなわけで、自分で編曲したいと意気込んだぐらいだから、
思い入れは他の曲より強かったのではあるけれど、
四半世紀もたってリクエストをもらえるとは考えもしなかったのだ。
さらにうれしいことに、チェンバロの高橋全さんにもこの曲が好きだと言ってもらえたし、
二人で合奏する場合の将来的な可能性の高さも指摘してくれた。
★
【2001年記】 ワカカッタ頃ノ話
高円寺に住んでいた。
今ふりかえると、気恥ずかしいような陶酔感にひたって若いぼくはギターを弾いていた。
D11-Em7onA-A7-G/Dのアルペジオだった。
結局、それがシルクロードという曲になっていったのだが、
ともかく、その音の流れに身をひたしていたのだった。
夏のことだ。窓をあけはなったアパートの三階の一室。
どうしてあれほどまでに、このアルペジオの響きに心を奪われたのか、
今となっては理由を思い出せない。
曲はやがてシルクロードとなり、詞が生まれていった。
我に返ったのは弾き始めて九時間後のことだった。
もう深夜だった。灯りをつけたことさえ、憶えがなかった。
人の出入りのけっこう激しかったアパートにしては,
めずらしく一人きりでその九時間を過ごしたのだった。
そしてひどい空腹感にきがついた。みょうにはっきり憶えている。