2012年2月2日木曜日
2012年2月2日木曜日
惑星よ 作詞曲/及川恒平
A A△7/A7 D A
長い階段の 途中 に 惑 星が ひと つ
A A△7/A7 E7 A
鳴り止んだオルゴール みたい に 息を するのを 止めてい る
C#m F#m
淋しがりなさい 惑星 よ
C#m F#m A E7 A ≒
通りかかる誰かの ため に ありっ たけ 淋しがりなさ い Wo..
A A△7/A7 D A
白いパラソルの 上 に 惑 星が ひと つ
A A△/A E7 A
いつかの雨と一緒に 落ちてき て 息を するのを 止めてい る
C#m F#m
淋しがりなさい 惑星 よ
C#m F#m A E7 A ≒
晴れた日には 誰かの ため に あり ったけ 淋しがりなさ い Wo..
C#m Bm7
淋しがりなさい 惑星 よ
A△7/G#dim F/D A E7 A ≒
通りかかる誰かの ため に ありっ たけ 淋しがりなさ い Wo..
惑星よ
【2012年2月記】
古い校舎にある階段の踊り場で、
逆光をあびた、まるで生き物のような無数の埃りを見ていた記憶。
そのときは見つけることのできなかった、ちょっとだけ大きめの光の球が実はその中にあった。
浮遊する光の証しとしてある数えきれない極小の影たちは、
ぼくの視界を遮って、その存在を隠していた。
結局その球のあることに、気づくのに十数年かかったのだが、
その球は、埃りに身をかくすことで、ぼくに時間をあたえたのだろうと、今は思う。
その時間をすごしている間、忘却とすれすれに、その球は心の隅にありつづけた。
「惑星」はそんなひとつだ。
ぼくが、歌を今後も書き続けるとすれば、
忘れているかもしれない光の球を思い出すときだろう。
その意味で、この歌はぼくにとって象徴的なものだと思う。
だが、この光の球、つまり惑星はライブするとき、
はたしてその場の他者に出現と思われているのだろうか。
出現していると思っているぼくと、現実のへだたりはどれぐらいあるのだろうか。
ちょっとした休みののち、ぼくはまた歌いだすだろう。
埃りに消えかかっている光の球は、
自分が見失った途端に、簡単に誰も知らない世界に去ってしまう。
ただぼくはこれだけは信じてみたい。
誰も知らないにせよ、光の球は、まるでふるさとに帰っていったのとおなじで、
そこで息をしているのだと。
だとすれば、ぼくはひととしての寿命を考慮せずに、追いかけ続けられる。